pdmk0830のブログ

妻のパーキンソン病との闘いと、その介護の日々の生活の記録

リハビリ記録20171009PM(68)

今日は昨晩のような痛みはなかった。
また、トイレには夜中に2回付き合ったが、すぐにまた眠れた。
しかし4時頃、起きるわ!と言って洗面台へ行こうとするので、
まだ早過ぎるよ! と伝えるが、言うことを聞かない。
私は6時まで寝た。でもまだ眠い!
家内は全く眠くないと言う。


家内は早く起きて何をしたのだろう?
喧嘩になるので問わなかった。


それにしても、昼間、私がいるのに、
「そこに子供がいるので、気を付けてね!」
と言う。
しかし、顔は分からないと言う。


また、夕べは、
「お父さん、後ろの女性は誰なの?」
と言う。
これも、顔は分からないと言う。


幻視は怖い。
本人自身が現実的ではないと否定しても、はっきりと見えるらしい。
これが、恐怖のお化けのようなものが見えるようだと、ゾッとする。


明日は、神経内科の受診日、そして訪問看護師さんの来訪日だ。
今までの家内の症状を伝えて対応策を相談しよう。


今日は、通所リハビリ。
元気に出掛け、17時頃に帰宅した。
が、係の人から家内をバトンタッチした後、
疲れがどっと出たようだ。
リハビリでのマシンも半分くらいしか出来なかったようだ。
やはり、睡眠時間5時間というのは寝不足なのだろう。


長期目標:
  自身のことは自分でできる日常生活を送ることができる
短期目標:
  筋肉のこわばりが改善し家事などの日常動作がスムーズになる
  (横歩きに自信が持てる)
  (安全にトイレの使用ができる)
  (物を掴みあげる/しゃがむ/立ち上がり などの動作がスムーズにできる)
  (起立状態で後方に振り返ることができる)
具体的な援助計画
  軽い負荷のマシントレーニングで不活動筋に刺激を与え、日常動作の安定を図る


血圧・脈拍・体温:
  リハビリ前137/75・54・37.3
               (熱が籠っている)
  リハビリ後154/75・51・-


マシントレーニング:
  ローイング/姿勢改善、肩甲骨周囲の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  レッグプレス/起立・着席動作改善、足・膝・股関節周囲の安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  チェストプレス/体を支える動作、肩関節・胸郭の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  ヒップアブダクション/歩行安定性向上、股関節周囲の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  トーソフレクション/起立・着席動作改善
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  レッグエクステンション/起立・歩行安定、股関節周囲の可動性と安定性向上
    (7.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
体操:       20分
太極拳:      15分
口腔体操:       5分
個別機能訓練:      15分

良い時もあれば、悪い時もある!

家内が、夕べ入浴後リビングルームで寛いだ後、
寝ようと立ち上がり、階段を上るのに
手すりを軽く握りながらトントンといとも簡単に上って行くではないか!


私は嬉しくなって、
「お母さん! どうしたの?」
「えっ? なんか変なことをしたかしら?」
「今まで、ゆっくりと一段ずつ丁寧に上っていたのに、今日は一気に上ったね。」
「お父さんに注意されると慎重にならざるを得ないからよ。
お父さんが黙っていれば調子がいいのよ!」
と言われてしまった。


やはりPDは気持ちも関係し、
無意識に動作する場合は、神経伝達物質が正常に出るのだろうか?


しかし、この後に大きな問題が残っていた。
家内が寝ようとして、
仰向け、右枕、左枕の何れの姿勢を取ろうとしても、
脚やお尻、股関節に痛みが走り、寝られない状態になってしまった。
こんなことは初めてだった。
救急車? 訪問看護センター?と思いながら、
30分位、あれこれ試行錯誤を繰り返し、
結局は右枕&脚の曲げ方で楽な姿勢が見つかり、就寝できた。


これでは、夜中のトイレ等、明日は大変なことになりそうだとビクビクしながら、私も寝た。


しかし、今朝はいつも通りに起き、痛みもなかった。
この不定期な痛みはどこから来るのだろうか?


そして今日は、ジムでお気に入りのIインストラクターのリハビリがある日。
いつも通り、リハビリを受けて家内はご満悦だった。


私も、コアとエアロビで日頃の運動不足を解消した。


明日は午後から通所リハビリだ。
「おかあさん! お風呂湧いたよ! さあ、お風呂に入りな!」

TOEIC 900点以上を獲得するには・・・

先日、会社の同僚でTOEIC 985点獲得した同時通訳者でもある人(ご主人は英国人)との雑談で、TOEIC 900点以上を目指している方へのアドバイスを頂いたが、一度で聞き流すには勿体ないと思い、今後のためにもそのエッセンスをまとめておく。


――― 以下、アドバイスのポイントのまとめ ―――
◆800点台獲得者 ⇒ リーディングやリスニング、語彙など、特に何かの分野が苦手というわけでもないが、800点台から900点台に上げるのが一番しんどいところ。
「目に見えて上達」というのがあまりないが、日々の積み重ねで、自分では感じないとしても、頑張った分は必ず力になっているので、そこを信じて続けること。


◆過去問をできる限り熟すこと。


◆通訳学習でのシャドーイング ⇒ リスニングや英語を身につける上でとても助けになる。英語のすぐ後をついて言った方が簡単だが、一番力になるのは、2秒ぐらい遅れてついていくこと(簡単そうで意外と難しい)。
これは、毎日数分でいいので続けるとよい。
同じ教材を使って、最初はとにかくピタッとくっついていき、それから、意味や流れをつかみ、確認し、それからまた同じことを繰り返しながら、もう少し間隔をあけて追っていくようにする、という感じでするとよい。


◆TED(日本のサイト) ⇒ 字幕が出、英語のサブタイトルも出る。原稿も掲載されていたりする。これは、シャドーイングの練習、リスニングの練習にも都合がよく、テーマが多種多様なので、自分に興味のあるものから始めて、いろいろ聞いてみると興味深く学べる筈(TEDは1本あたり10-20分程度なのでとっつきやすい)。
字幕や原稿が付いている ⇒ わからなかった部分をチェックし、聞き直して確認できるところが、学習用に向いている。
映画やドラマでも、TEDでも、最初に字幕で見て(あるいは英語で原稿に目を通して)、内容をつかんだ上で、次に字幕なしで見るのもとても力になる。すでにそうやって練習したものを、少し後になってまた聞いてみると、変化に気づける筈。


◆聞いて理解することの練習用 ⇒ 日本記者クラブ(JNPC)と、FCCJクラブ(外国人記者クラブ)のサイトに、これまでの会見の動画アーカイブがある。
日本記者クラブへの外国人ゲスト、あるいは、外国人記者クラブへの日本人ゲスト(英語を話さない方)については、通訳が入っている。
逐次通訳なので、英語を聞いてから、その通訳を聞ける。
そこで、自分の理解があっていたか確認がでる。
稀に、通訳が少し間違うこともあるので、それも面白い(?)。


◆TOEICのリーディング ⇒ 難解な英文はあまり出ないが、スピードが求められるので、日々、読むことが大切。短くても、できるだけ毎日することが一番。
その時に、音読するのもすごくためになる。
同じものを繰り返し音読することの効果を説く人もいる。
英語の表現の幅を広げるためによい。
また、五感を同時にできるだけ多く使っての学習は効果があり、単語力をつけるのにも助けになる。


◆リーディングにしても、リスニングにしても、あまり細かなことにこだわりすぎず、全体としての意味や流れをつかむことにフォーカスするとよい。
わからない単語があっても、とにかく全体として何を言おうとしているかをつかもうとすることを最初にし、そこを確認してから(この部分のために、最初から日英の両方がある教材を使うのは助けになる)、単語レベルでわからないところも一応確認する。


◆何か新しいことを試してみたり、違った形で英語に接したりしてみることで、新鮮に感じられる筈。
―――― 以上、アドバイスのポイントのまとめ ――――

家内の苦痛を少しでも緩和する方策を見出したいものだ

夕べは幻視や痛みで起こされることがなく、
朝までぐっすり眠れた。
ただ、夕べ、
「最近、目眩があるので、明日のジムは行けないかも・・・」
と言っていたので、
行かないだろうな と思っていたら、
「行くわ!」
と言う。
安心した。


しかし、お気に入りのAインストラクターのエアロビが代行になっていた。
残念がっていたが、それでも45分間、何とか楽しんだ。
エアロビ終了後、家内は友達と談笑していた。


気弱になりつつあるが、
ここで踏ん張って欲しい。


進行性の病気なので、今後、ますます、
体の自由が効かなくなること、
脚、腰、脇腹に痛みが出て来ること、
幻視が見えること、
床ずれが出やすいこと(一晩で赤くなるようだ)、
等々、
緩和するための方策を、
間接的でもいいので考えておく必要がある。


ジムの帰りに、ジムの仲間から巨峰を頂いた。
甘さがピークの時期の巨峰を長野から取り寄せたらしい。
家で食べたら、すごく甘くて、すごく美味しかった。
Tさん、ありがとうございます。

会社をリタイヤ後、家内と一緒に毎年、海外旅行をするつもりだった / そして、マチュピチュへ

会社をリタイヤ後、家内と一緒に毎年、海外旅行をするつもりだった。
しかし、家内は、私より友達とバンバン行くつもりだったようなので、
私は、静かにいろいろな、簡単には行けないような所に行こうと思っていた。

ついこの間まで、あんなに元気だった家内がPDを発症してしまった。
自ずと楽しみの対象を替えざるを得ない。


今から6年前、「家内にペルーへ行こう!」と言ったら、
「行きたいけど飛行機に乗っている時間が長すぎるので行かないわ!」
確かに目的地に着くまで約1日かかるので、無理には誘わなかった。
しかし、私は思う存分楽しんだ。
その旅行について、トーストマスターズクラブでスピーチした。
その時の印象をまだはっきりと覚えている。

――― 以下、スピーチ内容 ―――
My impression on traveling Peru


Good evening fellow members and welcome guest.
I have been to Peru for eight days from November 19.
Tonight, I would like to talk about my impression on the trip that I experienced the Peru’s history.


I have visited Cuzco, the Historical Sanctuary of Machu Picchu, the Lake Titicaca, and Nazca Lines. 


The 1st visit place is Cuzco where prospered as a capital in the Inca Empire.
The golden Inca Empire was governing the whole central Andes from the 15th (century) to the 16th century.

Cuzco is in the altitude of 3,400 m.
The Inca Empire was completely destroyed by Spain.
And they built the church of the colonial style, and so on.
The beautiful rows of houses which the building of the Spanish style united with the elaborate rockwork in the Inca Empire era were registered into the World Cultural Heritage in 1983.


The 2nd visit place is the Historical Sanctuary of Machu Picchu where prospered as aeropolice in the Inca Empire. 

It seemed that Spain destroyed the Inca Empire completely, but it did not result up to the Aeropolice Machu Picchu in the heart of the mountains with an altitude of 2,400 m.
The aeropolice where left the only figure is Machu Picchu.
However, there is no telling who abandoned, how, why, and it is aeropolice with many mysteries.
This year 2011 is a centennial since Machu Picchu was discovered by Hiram Bingham.
This photograph shows INTIHUTANA, that is like a clock of the sun. 


This photograph shows the Temple of the Sun and the beautiful building on which the only curve is drawn at the Machu Picchu. 


This photograph shows the Temple of Condor. 

The Condor was made into Helios's messenger in the Inca Empire.


The 3rd visit place is the Lake Titicaca where is the birthplace of the Inca Empire.

It is said that the lake is the 5th largest lake in the world in the altitude of 3,812 m higher than Mt. Fuji..
The deep beautiful blue surface of the lake is setting a mystic atmosphere adrift.


The 4th visit place is the Nazca Lines.
It is said that the Nazca Lines were drawn during the 6th century from the B.C. 2nd century.
The people in ancient Nazca drew huge pictures and geometrical patterns on the 450-square kilometer wilderness.
It is said that there are pictures of about 70 animals and plants, such as a Humming bird and 700 or more geometrical patterns. 


As mentioned above, by this trip, I was able to catch a glimpse of the advanced civilization of the Inca Empire and the Inca's history.
Do you understand my explanation about the history of Inca Empire?
It is regrettable that I cannot tell you my impression 100%.


Finally, I would like to talk about the point of having suffered troubles at this trip.
It was altitude sickness.
These places are not less than 3,000 m anyway.
When you have altitude sickness, even if you take oxygen with oxygen cylinder, you do not become well so easily.
The best measure is getting down the mountain.
But, the meaning of the travel is lost if I get down the mountain.
Fortunately, since I had light altitude sickness, I enjoyed myself getting a cold sweat.


I think that Peru is a visiting place when you are young.
However, about 50% member's age was 60 and over.
At this trip I realized senior power.
And I felt that we senior generation should demonstrate senior power more in order to support future Japan.