pdmk0830のブログ

妻のパーキンソン病との闘いと、その介護の日々の生活の記録

お盆で思うこと: 最初の男の子が生きていれば38歳 / 33回忌を終えて海洋散骨へ

前のブログ日記でも書いたが、
最初の子は難産の末、死産だった。
この世の光を見ることもなく、実家の田舎の墓に入った。
生きていれば38歳。


33回忌を終えた時、家内は言った。
「明るいところに出してあげて、世界旅行をさせたいわ!」
「ずっと暗いところでは可哀相だわ!」
「お父さん! 海洋散骨しよう!」
家内はずっと思っていたそうだ。


確かに家内の言うとおりだったので、
お寺と改葬手続きをし、東京湾の東京ゲートブリッジの近くに海洋散骨をした。


それについて、トーストマスターズクラブにいたときにスピーチをした。


Good evening fellow members.
Ladies and gentlemen!
Do you know the sea dispersal of ashes?
If you know it, please raise your hand.
How do you think about the sea dispersal of ashes?
Tonight I would like to talk about the sea dispersal of ashes on my first son.


I got married in 1977.
Since I liked a child, I wanted a baby as soon as possible.
However, it took about 2 years by the first pregnancy.


I was very happy hearing the good news from my wife.
I imagined the figure of my baby (that) moved actively in my wife's womb, and I was waiting eagerly for my baby's birth.


The estimated due date of delivery passed, but the labor pains didn’t come over to my wife.
My nervous wife became lack of sleep.
And then the weak labor pains started to my wife after delay of one week.
It was a difficult delivery.
We had waited eagerly for ten months and more.
But it was a stillbirth after all.


I buried my baby, my son in my hometown’s grave.
He was in this grave for 33 years.


Then, there was also a miscarriage, and we had only one daughter after all.
The only one daughter got married 4 years ago, and then her family name was changed.
And my daughter lives in Osaka now.
Therefore, we haven’t a child as an inheritor.
At the beginning, we felt lonely.
However, we regard this as the fate given to us now.
And we think (that) we will go positively anyhow.


One day, my wife said.
“I don’t want to make our daughter protect our grave.”


I’m also changing my view over a grave.


Since the first my son was stillbirth, he was in the dark grave for 33 years without seeing the light of this world at all.
We performed the 33rd anniversary of our son last year.


My wife said to me.
“Since the 33rd anniversary of our son was also finished,
I think (that) I want to make our son travel around the world from Tokyo Bay under a blue sky from now on.”


Last October, after the 33rd anniversary of our son, we performed the sea dispersal of ashes in Tokyo Bay before the Tokyo Gate Bridge was opened for traffic.
It was a wonderful blue sky on the day.
This photograph is Tokyo Gate Bridge before open.
We really felt refreshed and were able to make our son start traveling around the world.
Now, he should be traveling near Hawaii.
Maybe, he is swimming on the Waikiki beach.
     
I’m changing my view a little over "death", "returning to the ground", "grave", and "mass for the dead" by this sea dispersal of ashes.
And we dedicated my son's mortuary tablet to the “Gojyunotou” in Asakusa.


At the present trend toward the nuclear family, I think (that) there are also many couples who haven’t an inheritor like us.
And I start thinking (that) the place where a soul feels at ease is the sea held in the mother earth.


I would like to consider the sea dispersal of ashes more.


Toastmaster X-san.

リハビリ記録20170814PM(53) / 「おかえりなさい!」 という返答があった / 人間距離を取ることが大切

夕方の帰宅時、
私の「ただいま!」 に対し、
       「おかえりなさい!」 という返答があった。
やはり、嬉しかった。
あとで聞くと、今日のリハビリも調子よく出来たとのこと。
しかし、表情には若干の疲れも見える。


家内もリハビリ施設での人付き合いに慣れてきたようだ。
今日の某新聞の人生案内で樋口恵子さんの回答欄に、
車の安全運転に車間距離が必要なように、
人間関係も一定の「人間距離」を取ることが大切 とあった。


家内は一人の時間も大切にしたいと言う。
それは分かる。
体が不自由な中でも一人でいたい時もある。
しかし、
介護の世界では多くの時間、介護者との接触を持つことになる。
その時の人間距離を如何にして取るかがポイントだ。
神経質な家内はどのようなアクションを取るのだろう?
もともと、べったり依存するような家内ではないので、
適当にやって行くだろう。


長期目標:
  自身のことは自分でできる日常生活を送ることができる
短期目標:
  筋肉のこわばりが改善し家事などの日常動作がスムーズになる
  (横歩きに自信が持てる)
  (安全にトイレの使用ができる)
  (物を掴みあげる/しゃがむ/立ち上がり などの動作がスムーズにできる)
  (起立状態で後方に振り返ることができる)
具体的な援助計画
  軽い負荷のマシントレーニングで不活動筋に刺激を与え、日常動作の安定を図る


血圧・脈拍・体温:
  リハビリ前122/55・52・36.9
  リハビリ後136/89・61・-


マシントレーニング:
  ローイング/姿勢改善、肩甲骨周囲の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  レッグプレス/起立・着席動作改善、足・膝・股関節周囲の安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  チェストプレス/体を支える動作、肩関節・胸郭の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  ヒップアブダクション/歩行安定性向上、股関節周囲の可動性と安定性向上
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  トーソフレクション/起立・着席動作改善
    (2.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
  レッグエクステンション/起立・歩行安定、股関節周囲の可動性と安定性向上
    (7.5kg 1m 1往復 1~3S 20回)
体操:    20分
太極拳:   15分
口腔体操:  5分

今朝は調子が戻った!

家内は、昨晩は早く寝て4時頃まで目を覚まさなかった。

トイレに行ってまたすぐに寝た。

家内も私も頭がスッキリ。


動きもよい。

今日のリハビリは元気に行ってくれるだろう。


帰宅時に家内から「おかえり!」を聞きたい。

楽しみにしよう。

今日はのんびりと・・・と思ったら、家内の調子がイマイチだった

昨晩は23時頃、家内も私も寝た。
私は直ぐ眠りについたようだ。


家内はというと、
もう一度トイレに入り、
その時、ちょっと失敗して、下着とパジャマのズボンを汚したとのこと。
洗濯しやすいように、風呂場で下着とパジャマのズボンを洗ったそうだ。


私は、ガタゴトの音で、夜中の1時半頃、目を覚ました。
その時、家内のトイレタイムかなと思ったが、
これから寝るのだと言う。


上記の失敗で、ずっと起きていたのだ。
結局、家内の今日の睡眠時間は5時間位となり、
目眩、歩くときのフラツキ、腕の振るえなど、
いつもより悪かった。


やはり、睡眠不足もかなりの影響を与えることがわかった。
明日はリハビリがあるので、21時半に床につかせた。
明日は、きっと元気になってくれるだろう。


家内は「地獄よ!」と言う

「口を出しても手は出すな!」
ということを、ヘルプコールが出るまではある程度は実践している。


口の方で繰り返し言っていることは、
・「少しずつ水を飲もう! 少なくともこのボトル三本/日!」
・「薬を忘れずに飲もう!」
・「(脚、背中、腕、腰周り)ストレッチをしよう!」
基本的にはこの三つだ。


家内がO型、私がA型と言うわけではないが、
私が一緒にいるときは、しょっちゅう言うのでウンザリのようだ。
口喧嘩に発展すると、
「痛いし、自由が利かないし、ガミガミ言われるし、まるで地獄よ!」
と泣きながら言う。


確かに、
本人は動作が儘ならず、痛みが走り、イライラしているところにうるさく言われる、
これは私でも嫌だ。


しかし、言わなければならない。
それは少しでも生活品質をあげたいから。


理学療法士さんや看護士さんなど、他人が言うことに対しては二つ返事で笑顔で言うことを聞いている。
私が言うと、嫌な顔。
仕方ないか!


しかし、薬が効いているときと効いていないときの顕著な差が、私にはイマイチ分からない。
神経内科医からは、
「水分摂取が少なく熱が籠もり気味なので、薬の効きも悪い!」
と言われている。
一生懸命水を飲ませているが、やはりその差が分からない。
これが難病所以なのだろうか?


とにかく、水分摂取、睡眠、栄養に主眼を置いて継続してみよう。
少なくとも体にいいこと、当たり前なのだから。


また旅行が出来るように頑張って欲しいな!