pdmk0830のブログ

妻のパーキンソン病との闘いと、その介護の日々の生活の記録

日記ブログを付けていて思うこと

当初、匿名ということで家内と私の闘病日記ブログを付けて行こうと思い立った時、
家内の病状や心理状態、家内の強みや弱み、私の感情の移り変わり等を赤裸々に綴っていこうと思ったが、
今のところ出来ていない。
やはり、ウェブブログとなるとそのようには行かない。
完全に自分専用であれば出来るのかもしれない。


そして、途中から、家内の病気との闘いに焦点をあてて、あとから振り返りが出来るようにして行くことにした。
すなわち、家内はこの病気を克服するかもしれないからだ。
というのは、
家内は今までに二度、私が “これは治すことが難しい病気だろうな” と思った病気を克服してきた。


その一つとは、
今から10数年前、左膝関節が痛くなり、近くのクリニックで水を抜いたり、湿布薬を貼ったりして堪え忍んでいたが、きちんと調べて貰うために某総合病院で診察を受けた。
その結果、内果骨壊死なので今すぐ人工関節にすべき という診断が下った。
家内は、自分でまだ歩けるのに人工関節なんておかしい と疑問を持ち、セカンドオピニオンを求めて探した。
そして、運命の某大学病院の有名なスポーツドクターを探し当て、家内が直接電話して受診した。
その結果、「誰が直ぐ人工関節を!なんて言ったのですか?」となり、
そのドクターからは、「人工関節にするほど悪くないですよ! 膝をカバーするためにも脚の筋肉を付けなさい。」ということで、家内はほぼ毎日のようにジムに通った。
そして、痛みも薄らいできて、今では全く問題なく、内果骨壊死と言われた箇所の色も薄くなり、ほぼ正常範囲になった。


もう一つは、
やはり、今から10数年前、家内の膣部で長く歩いたり立ったままでいたりすると、下腹部が痛くなり、ピンポン球のような大きさの固まりが顔を出すのである。
当初、病名も分からず私もこれは大変な病気だなと思ったが、家内は一人でいろいろと調べていた。
そしてある日、家内が新聞に載った日本医科大学病院の有名な医師の骨盤臓器脱という記事を目にし、「これだ!」ということで、直ぐ予約を入れ受診した。
その結果、これは手術で治ると言われて、躊躇せずに直ぐ手術を申し込んだ。
それから数ヶ月後に手術を受けた。
手術の当日は、私が単身赴任のため、手術には立ち会えず、娘だけが立ち会った。
そして、今では全く問題ない。


このように二度の大病を克服してきたのである。
このPDも克服しそうな気がしている。
難病と言われているが、密かにそう願っている。