20260719sun(‘221204sun/入) 独り言:同じ批判を繰り返す番組から感じる“空虚さ”
ラジオやテレビの討論番組を聞いていると、
いつも同じ論点
いつも同じ批判
いつも同じ人が同じトーンで語る
こういう状態になると、飲み屋のカウンターでのボヤキ合戦と同じだ。
即ち、仕事帰りの飲み屋での愚痴・ボヤキ(悪口)と同じだ。
批判そのものは民主主義に必要だが、
批判を繰り返すだけで議論を深めないなら、
公共放送としての価値は薄れてしまう。
本気で政策や政治判断を問いたいなら、
首相本人
あるいは側近、政策担当者
反対意見を持つ専門家
国際情勢の専門家
こうした人々を招いて、直接議論する場を作って欲しい。
(非常に難しいとは思うが)
批判だけを積み上げても、
視聴者は『結局どうすればいいのか』が見えないままだ。
公共メディアなら、
批判 ⇒ 提案 ⇒ 対話 ⇒ 検証
という循環を作る責任がある筈。
新聞の社説も同じ傾向があると思っている。
『批判することが仕事だ』
と勘違いしているように感じることもある。
社説は本来、
問題の構造を示し
事実を整理し
代替案を提示し
社会の方向性を示す
という役割がある筈。
ところが、
批判だけで終わる社説は、読者にとって何も残らないと思う。
批判の応酬ではなく、
一本芯の通った方針を示して欲しいなといつも思う。
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