pdmk0830のブログ

妻のパーキンソン病との闘いと、その介護の日々の生活の記録

20260719sun(‘221204sun/入) 独り言:同じ批判を繰り返す番組から感じる“空虚さ”

パーキンソン病との付き合い

ラジオやテレビの討論番組を聞いていると、

 いつも同じ論点

 いつも同じ批判

 いつも同じ人が同じトーンで語る

こういう状態になると、飲み屋のカウンターでのボヤキ合戦と同じだ。

即ち、仕事帰りの飲み屋での愚痴・ボヤキ(悪口)と同じだ。


批判そのものは民主主義に必要だが、

批判を繰り返すだけで議論を深めないなら、

公共放送としての価値は薄れてしまう。


本気で政策や政治判断を問いたいなら、

 首相本人

 あるいは側近、政策担当者

 反対意見を持つ専門家

 国際情勢の専門家

こうした人々を招いて、直接議論する場を作って欲しい。

(非常に難しいとは思うが)


批判だけを積み上げても、

視聴者は『結局どうすればいいのか』が見えないままだ。


公共メディアなら、

批判 ⇒ 提案 ⇒ 対話 ⇒ 検証

という循環を作る責任がある筈。


新聞の社説も同じ傾向があると思っている。

『批判することが仕事だ』

と勘違いしているように感じることもある。


社説は本来、

 問題の構造を示し

 事実を整理し

 代替案を提示し

 社会の方向性を示す

という役割がある筈。

ところが、

批判だけで終わる社説は、読者にとって何も残らないと思う。


批判の応酬ではなく、

一本芯の通った方針を示して欲しいなといつも思う。